ちょこっと妖精学 愛

彼らに愛されると様々な祝福を得ることがあります。
例えば戦に出ても死なない、常勝などは良く知られるところです。
湖の妖精から守護を受けた騎士なども有名です。
ですが、大凡の場合、彼らに愛されるということは、行き過ぎた加護を意味することもあり、中には殆ど呪いではないか? ということも。
一番多いのは、こちら側に戻れなくなるというもの。
妖精郷は確かに素晴らしい所ですが、ある意味で時間が止まって変化はありません。
また人界と切り離されている為、友人や家族との縁は切れてしまいます。
もちろん中には様々なきっかけによってこちらに戻ってくることもあります。
しかしその場合、彼らに記憶や感情を奪われていることがあります。
なにより最大の損失は「時間」でしょう。
妖精郷の時間の流れは1年が100年に相当するとか。
戻ってきても、身内はおろか、誰も、土地や国さえもあなたの事を知らないのです。
こんなお話が、たくさん伝わっています。
まさに浦島太郎ですね。

Warwick Goble

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ちょこっと妖精学 姿は見えず

妖精たちは一般的に人の目には触れず、特別な時にしか視えないといわれています。
これは彼らが姿隠しのマントや魔法を心得ていて、望まない限り姿を見せないからだと謂われています。
ですが別の説話では、ある日、神がイブに子供たちは元気かと訊ねたとき、まだ水浴びをさせていなかった子供たちを恥ずかしがり、隠してしまいました。
すると神はそれを悟り「今、お前が隠した子供たちはこれからも人の目に触れないように生きていかなくてはならない」と告げたそう。
それ以降、その時隠された子供たちは野や山、森で隠れ住み、妖精となったと伝えられています。

Harold Gaze

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モジャミの夜咄、収録終了〜

ひっそりと?細く長く続けているYouTubeラジオ「モジャミの夜咄」。
先ほど、その収録が終わりました。
聞いてくださってる方はご存知のように、このラジオ。
僕と宇里香菜さんが飲み屋さんのていで、お酒を紹介しつつ飲んで話すという、なんとも呑気な番組です。
今回は宇里香菜さんの舞台のお話と、演技が巧いってどういう事?みたいなことをお話ししました。
良かったら8月9日夜11時半からの公開されますので、聞いてくださいね。

前回のモジャミはこちら〜

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ちょこっと妖精学 遭遇譚

様々な妖精譚の中で、彼らと出会った、つまり遭遇譚ほど異彩と魅力を放っているお話はありません。
泣き妖精バンシーや靴屋妖精レプラコーン。時には死ぬ程の怖い目を合わせる赤男ファージャログなど様々な妖精が登場しますが、中でも目撃例の多いのが変身妖精プーカではないでしょうか。どんな姿をしているのか、果たしてどれが真の姿か分からないほど様々な姿に変化する彼らですが、多くは黒牛や仔ウシほどの黒犬として現れる事が多いようです。
こんな話が有ります。1920年頃、アイルランド西部メイヨー県で、或る若者が、夕刻の帰り道、とんでもなく大きな黒犬に出くわしました。明らかに尋常ではないその姿に恐れをなした彼は、急いで家に戻ったそうです。
その黒妖犬は水路を跨ぐことが出来なかったそう。
彼らの幾つかは、流れる水を渡れないと謂われていますが果たして?

Christmas With Mother Goose

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ちょこっと妖精学 妖精の一撃

フェアリーストライク、妖精の一撃というものがあります。その名の通り彼らからの一矢。それは見えず、察知することは不可能で、当たるとリュウマチやぎっくり腰のような症状に襲われます。しかしそんなことはまだ良い方で、中には半身不随や心臓麻痺になってしまうことも。
それらはおとぎ話や民話だけのことと思われることも多いのですが、アイルランドなどには実際そんな事件が散見されます。
例えば、アイルランド西部メイヨー県で、病院を建てることになりました。ですがその予定地には妖精木・サンザシが生えていました。しかし作業員たちはそれを信じず、あまつさえ彼らに暴言を吐いたといいます。結果、作業員たちは妖精の一撃をくらい、足を引きずり、中には命を落としてしまったものもいたそうです。
それでも病院は建てられましたが、開院することはなく、全ての計画が頓挫し、今でもそこには木が生い茂っているそうです。
この話は1920年に起こったことだそうです。

Heinrich Vogeler

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妖精夜話 豊穣の神としての側面

色々と、あれやこれやと妖精譚に触れていると、本当に彼らのある種の奔放さに驚かされることがあります。
例えば妖精王はほぼ例外なく性に奔放で、気まぐれに乙女を口説き、時に攫います。
妖精女王もまた同じで、見目麗しい騎士や、素晴らしい詩人を恋人として迎えます。
この辺りは、本当に彼らが鉄器時代よりも、キリスト教よりも古い神格を素にした存在だからなぁと思います。僕らの生きている時代とは、価値観が違うんですね。
なにより、彼らは元々が土地神であったり、大地や河川、森の豊かさを体現した存在なので、やはり産めよ増やせよ、この世の豊かさを全身で表現し、また受け取るのです。
そもそも愛の神が貞淑って言うのはなかなか成立しませんし。
→愛の概念がまた違ってきますしね。たぶん家庭円満を願うなら愛の神ではなく、竈の神様とか、それこそ家庭の神(ギリシャ神話のヘラとか?)に祈願するのが良いのではないかなぁと。
話が逸れましたが、彼らの恋愛に対する奔放さや、好きという気持ちを隠さない辺りは、そういった彼らの源流に起因してくるんだろうと思うのです。

Thomas the Rhymer

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ちょこっと妖精学 紫煙

妖精たちが人間の家畜を奪っていくと言うお話はよく伝わっていますし、なにより牧夫にとっては許し難い行為でした。けれど、彼らから牛馬を取り返すのは難しく、基本的に予防策を取られていたようです。5月1日前夜などに篝火を潜らせる、聖水をかけるなどはポピュラーですが、中にはパイプの煙を牛たちの胸の奥まで吸わせるというものがありました。
日本でもタバコの脂が妖怪変化(特に蛇精の類)に嫌われているように、妖精たちはタバコの煙が苦手だったようです。
とはいえ、中にはレプラコーンやガンコナーのようにタバコを好んで喫む存在もいるのですが。

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ちょこっと妖精学 数字

よく民話や伝承では「3」が神秘的な数字として扱われます。
確かに妖精たちの原型になった太古の神々、とりわけ女神たちは三幅対で現れると言います。他にも、3度目の約束は決して破ってはいけないといいますし、2度目は偶然でも3度目は縁が結ばれると、鈴木清順監督も名画「ツィゴイネルワイゼン」でも言っています。
では、3だけがそういう数字なのでしょうか。
意外と「7」そうだと言われています。
7番目の子供には妖精を視る力や癒しの力があるとされます。
変わったところでは7歳になると、その子の才能や影の部分も明らかになるとか。

Cicely Mary Barker

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ちょこっと妖精学 妖精木

妖精たちが好む木と言えばサンザシ、トネリコ、そしてナナカマドとされています。
もちろんこれらすべての木が妖精のお気に入りというわけではなく、特定の場所などに生えているものがそうだと言われているのです。
わかりやすいところで言えば、妖精砦の中に生えているもの。そして妖精塚の斜面に生えているもの。これらは確実に妖精たちのお気に入りであり、時には彼らの住処となっています。ですから昔から手を出さない方が良いとされているのです。
変わったところでは、アイルランドなどに無数に点在する聖なる泉「ホーリーウェル」。これらはキリスト教の聖人結びつけられていますが、その歴史は更に古く太古の神々と結びつけられます。そんな泉にもたれ掛かるようにして生えている木がそうだとされています。

Ida Rentoul Outhwaite

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ちょこっと妖精学 妖精と死者の色

死者と妖精は切っても切れない縁があります。
例えば死後の世界そのものが妖精郷であるというお話もあれば、妖精の国に死者がいるという逆のお話も。
そういった死後の世界、異界、妖精郷というがいんがあるからでしょうか、アイルランドでは死後、そちらで仲間はずれにならないように亡骸にパイプを握らせたといいます。
確かにパイプや煙草、喫煙の習慣は、時代的にも大事なコミュニケーションツールでしたものね。

Cigar Postcards

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